2006/01/01(日) 00:00
「総帥、アキラ様が・・・」
最初に口から零れた言葉は、それ以上続かなかった。自分でも解せないのだ。高嶺の華、と人知れず愛でてきたアキラ様をあの場に置いて、総帥シキ様の元に走ったのは何故だ。ニコルウイルスの所為か。しかし・・・
「さて、お前は自身の軍をまとめておけ。後で落ち合うとしよう」
「はっ。」
ENEDが果たせなかった、ニコルウイルスの実戦運用が行われるようになり、兵の力は格段に上がっていた。特異な体質により、常人以上の力を発揮する者もいる。しかし、その力を持ってしてもアキラに敵う者はいない。その理由は、戦闘能力の高さだけではない。事実、シキの隣に常に在るべきなのは、非ニコルの保菌者、アキラのみ。シキの狂気を止められるのもまた、アキラのみ。
アキラ。お前の在るべき場所は、何処だ。お前の主は、誰だ。
今一度、思い知らせてやろう。その体に。心に。
言ったはずだ。俺の側にいろ、と。
お前が勝利に酔いしれる場所は、俺の隣だけだ。
確固たる信念、歩む事を決して止めない理想、それに相応しい力と、カリスマ性。気高く、雄雄しく、比類なき強さは美しく、その傍らで絶対的な勝利を味わってしまえば、シキから離れる事など、できやしない。
自信に満ちたシキの緋色い瞳が、形の良い唇が、愉悦に撓る。
周り囲んだ敵兵士達は、そんなシキの姿に見惚れていた。
統一日本国元首・シキ総帥。
絶対的な力で恐怖の支配を貫く独裁者。
スキだらけのようで、全くスキがない。戦地に存在しているのというのに、何故こうもカリスマ性に満ちているのだろう。己が大将に命じられ、シキに直接恨みのない敵兵士達の幾人かは、既にシキに魅入られていた。敵わない事など、当に理解している。その緋色い瞳に酔いしれたい。この強さを持ってして。
そんな憤りを知ってか知らずか、シキは戦地の真ん中を行く。
「強者はたとえ死よりもつらい仕打ちを受けようとも、己のプライドを駆けて耐え抜く事ができる」
シキの脳裏にアキラの言葉が反芻した。ただ逆らわなければいいのだ。こいつらも、同様に。くだらん。この国に、弱者など必要ない。強さのみが現実となる。そうだろう、アキラ。
己が命を犠牲にできるのは弱者のみだ。強く、美しくなったお前が咲くのは、俺の隣だ。高嶺の華とは、そういうものだ、アキラ。
ここは、何処だ・・・
頭が重い。近頃の睡眠不足、疾走と緊張の疲れから全身がだるい。犠牲になると言っておきながら、何たる失態だ。このまま朽ちてしまいたい衝動に駆られ、アキラは廃れたビルの壁に体を預け、戦地の轟音に身を傾けていた。
アキラには、もう一つの気がかりがあった。己が主、シキ自身の事だ。秘書として常に傍にいる以上、シキの心理を組む事は必然だ。だが、絶対的な力を持て余すシキの事だ、何時その力に飲み込まれるか解らない。強靭な精神も、簡単に崩れる事はあり得るのだ。ラインを摂取したケイスケが頭を過る。そして、トシマで見たnの紫の瞳。
「純粋な狂気だ。何も映さない。赤でも白でもない。純粋な無だった」
そう言ったシキの顔は、悔恨と羞恥を含んだような憎悪に満ちていた。シキのそんな顔を見たのは、あの一度だけだ。シキはそれを克服し、己の物としたのだ。
だが、領土が広がるにつれてシキの瞳に狂気が垣間見える事があった。普通の人間には解らないであろう程の揺れ。あれは確かにnと同じ虚無の瞳だ。そこに絶望すらなかったが、アキラの神経が焦燥を生んだ。
そして、シキの傍に寄ろうとしたその時。
シキの瞳が愉悦に奮え、ありえない狂気の顔に歪んだ。そしてその場に居た全員に、突然突っ込んでいったのだ。常人には理解できないスピードで敵味方の区別なく切り殺していくシキの姿は、アキラにもよく見えず、シキの欲望が生んだ殺戮が終わるまでその場に立ち尽くすしか出来なかった。息を切らす事なく、一瞬で・・・
血臭漂う荒地の中、返り血を浴び、狂気に笑んだシキの顔に恐怖を覚えた。動く事が出来ない。いつまでも立ち尽くしたままのアキラを、シキはその場に押し倒し、乱暴に抱いたのだった。シキの部屋で情事に及ぶ事は多々あったが、この時ばかりは抱くというより貪られて、シキの欲望が自分に向けられている感覚などとても持てず、シキ以外を受け入れない体が恐怖に強張る。堪らず切れた端から流れた血で濡れた唇を構わずシキのそれに押し付けた。
俺だけを抱いて欲しい、と切実な思い込めてシキの舌を癒す。シキの舌は暴れ、それでも従順に逆らう事を試み、両者共目を見開いたまま舌を絡める。長い時間そうしていると、互いに酸素が足りなくなり、唇を放した。シキの唇は、アキラの血で濡れている。
暫く見つめ合い、シキがアキラの姿を瞳に宿すと、シキの狂気は成りを潜めたようだった。先程まで、アキラはシキの瞳に自分を見出す事が出来なかったのだ。それ程までの狂気は、いずれ虚空に吸い込まれ、自我を完全に失くしてしまう。nと同じように。この廃れた世界では。トシマでの経験がそれを物語っていた。事実、アキラの前では現在シキだけが存在している。狂気に飲み込まれ、目的を忘れたイグラ参加者の愚行。しかし、その信念ははっきりとしていた。猛も、nも、エマも、信念の為に、敢えて狂気に飲み込まれる事を選んだのか。だとすれば・・・
シキは?
目的を終えたシキはどうなるんだ・・・?
アキラは自身の血に初めて感謝した。正確には解らないが、アキラの血をシキの喉が嚥下したのを、視界に捉えた。それからシキの舌は落ち着いていったのだ。
シキの狂気を抑える事は、俺にしか出来ない。それが、俺の存在理由、か。忌まわしいこの血の、意味。
先程まで全身を支配していた恐怖は、みるみる忠誠心と決意に変わっていった。確信は、不安など吹き飛ばしてしまうものだ。他人、自分すらどうでもいいと思っていたアキラにとって、自身の存在理由を確立させる事は、そのまま生きる意味に成り得るものであった。
俺の命は、貴方と共に。俺の血は、貴方の為だけに在る。
「!!!」
そうだ。総帥の共に、と誓ったはずだ。何故、総帥の為に命を捨てようとなど・・・
「くそっ・・・」
此処の所、アキラは連日シキに抱かれていた。書類を片付けていても、戦場で体を酷使した後も、まるで物足りないといわんばかりに求めてくるシキに貪欲に答えてはいたが、アキラ自身は”欲の捌け口”と自分を卑下していた。
これではまるで、愛玩動物だ!俺は、なんの為にシキの傍に・・・
切実なその思いは、何処か少年らしさを残すアキラらしい感慨でごく自然の摂理であり、アキラにとっては認められたい一心で多少の無茶も覚悟の上、とがむしゃらになり過ぎた結果に過ぎない。無茶が祟って心はとうに疲弊し、脱力したまま預けていた体がふわりと宙に浮かぶ感覚がしたが、自身を蔑む気持ちが大きく、放棄する事にした。
まるで、あの雨の日みたいだ。ケイスケを失い、シキに所有の証を貰ったあの日と同じ感覚。あの日も、同じように生きる事に疲れていたな。もうどうでもいい、と。そこから救い出してくれたのは、シキだった。救い出してくれたのは。
そして、自覚のないまま主の名を口にしてから、アキラは意識を手放した。
「シキ・・・」
なんだ
そんな幻聴が聞こえた気がした。
−続−
最初に口から零れた言葉は、それ以上続かなかった。自分でも解せないのだ。高嶺の華、と人知れず愛でてきたアキラ様をあの場に置いて、総帥シキ様の元に走ったのは何故だ。ニコルウイルスの所為か。しかし・・・
「さて、お前は自身の軍をまとめておけ。後で落ち合うとしよう」
「はっ。」
ENEDが果たせなかった、ニコルウイルスの実戦運用が行われるようになり、兵の力は格段に上がっていた。特異な体質により、常人以上の力を発揮する者もいる。しかし、その力を持ってしてもアキラに敵う者はいない。その理由は、戦闘能力の高さだけではない。事実、シキの隣に常に在るべきなのは、非ニコルの保菌者、アキラのみ。シキの狂気を止められるのもまた、アキラのみ。
アキラ。お前の在るべき場所は、何処だ。お前の主は、誰だ。
今一度、思い知らせてやろう。その体に。心に。
言ったはずだ。俺の側にいろ、と。
お前が勝利に酔いしれる場所は、俺の隣だけだ。
確固たる信念、歩む事を決して止めない理想、それに相応しい力と、カリスマ性。気高く、雄雄しく、比類なき強さは美しく、その傍らで絶対的な勝利を味わってしまえば、シキから離れる事など、できやしない。
自信に満ちたシキの緋色い瞳が、形の良い唇が、愉悦に撓る。
周り囲んだ敵兵士達は、そんなシキの姿に見惚れていた。
統一日本国元首・シキ総帥。
絶対的な力で恐怖の支配を貫く独裁者。
スキだらけのようで、全くスキがない。戦地に存在しているのというのに、何故こうもカリスマ性に満ちているのだろう。己が大将に命じられ、シキに直接恨みのない敵兵士達の幾人かは、既にシキに魅入られていた。敵わない事など、当に理解している。その緋色い瞳に酔いしれたい。この強さを持ってして。
そんな憤りを知ってか知らずか、シキは戦地の真ん中を行く。
「強者はたとえ死よりもつらい仕打ちを受けようとも、己のプライドを駆けて耐え抜く事ができる」
シキの脳裏にアキラの言葉が反芻した。ただ逆らわなければいいのだ。こいつらも、同様に。くだらん。この国に、弱者など必要ない。強さのみが現実となる。そうだろう、アキラ。
己が命を犠牲にできるのは弱者のみだ。強く、美しくなったお前が咲くのは、俺の隣だ。高嶺の華とは、そういうものだ、アキラ。
ここは、何処だ・・・
頭が重い。近頃の睡眠不足、疾走と緊張の疲れから全身がだるい。犠牲になると言っておきながら、何たる失態だ。このまま朽ちてしまいたい衝動に駆られ、アキラは廃れたビルの壁に体を預け、戦地の轟音に身を傾けていた。
アキラには、もう一つの気がかりがあった。己が主、シキ自身の事だ。秘書として常に傍にいる以上、シキの心理を組む事は必然だ。だが、絶対的な力を持て余すシキの事だ、何時その力に飲み込まれるか解らない。強靭な精神も、簡単に崩れる事はあり得るのだ。ラインを摂取したケイスケが頭を過る。そして、トシマで見たnの紫の瞳。
「純粋な狂気だ。何も映さない。赤でも白でもない。純粋な無だった」
そう言ったシキの顔は、悔恨と羞恥を含んだような憎悪に満ちていた。シキのそんな顔を見たのは、あの一度だけだ。シキはそれを克服し、己の物としたのだ。
だが、領土が広がるにつれてシキの瞳に狂気が垣間見える事があった。普通の人間には解らないであろう程の揺れ。あれは確かにnと同じ虚無の瞳だ。そこに絶望すらなかったが、アキラの神経が焦燥を生んだ。
そして、シキの傍に寄ろうとしたその時。
シキの瞳が愉悦に奮え、ありえない狂気の顔に歪んだ。そしてその場に居た全員に、突然突っ込んでいったのだ。常人には理解できないスピードで敵味方の区別なく切り殺していくシキの姿は、アキラにもよく見えず、シキの欲望が生んだ殺戮が終わるまでその場に立ち尽くすしか出来なかった。息を切らす事なく、一瞬で・・・
血臭漂う荒地の中、返り血を浴び、狂気に笑んだシキの顔に恐怖を覚えた。動く事が出来ない。いつまでも立ち尽くしたままのアキラを、シキはその場に押し倒し、乱暴に抱いたのだった。シキの部屋で情事に及ぶ事は多々あったが、この時ばかりは抱くというより貪られて、シキの欲望が自分に向けられている感覚などとても持てず、シキ以外を受け入れない体が恐怖に強張る。堪らず切れた端から流れた血で濡れた唇を構わずシキのそれに押し付けた。
俺だけを抱いて欲しい、と切実な思い込めてシキの舌を癒す。シキの舌は暴れ、それでも従順に逆らう事を試み、両者共目を見開いたまま舌を絡める。長い時間そうしていると、互いに酸素が足りなくなり、唇を放した。シキの唇は、アキラの血で濡れている。
暫く見つめ合い、シキがアキラの姿を瞳に宿すと、シキの狂気は成りを潜めたようだった。先程まで、アキラはシキの瞳に自分を見出す事が出来なかったのだ。それ程までの狂気は、いずれ虚空に吸い込まれ、自我を完全に失くしてしまう。nと同じように。この廃れた世界では。トシマでの経験がそれを物語っていた。事実、アキラの前では現在シキだけが存在している。狂気に飲み込まれ、目的を忘れたイグラ参加者の愚行。しかし、その信念ははっきりとしていた。猛も、nも、エマも、信念の為に、敢えて狂気に飲み込まれる事を選んだのか。だとすれば・・・
シキは?
目的を終えたシキはどうなるんだ・・・?
アキラは自身の血に初めて感謝した。正確には解らないが、アキラの血をシキの喉が嚥下したのを、視界に捉えた。それからシキの舌は落ち着いていったのだ。
シキの狂気を抑える事は、俺にしか出来ない。それが、俺の存在理由、か。忌まわしいこの血の、意味。
先程まで全身を支配していた恐怖は、みるみる忠誠心と決意に変わっていった。確信は、不安など吹き飛ばしてしまうものだ。他人、自分すらどうでもいいと思っていたアキラにとって、自身の存在理由を確立させる事は、そのまま生きる意味に成り得るものであった。
俺の命は、貴方と共に。俺の血は、貴方の為だけに在る。
「!!!」
そうだ。総帥の共に、と誓ったはずだ。何故、総帥の為に命を捨てようとなど・・・
「くそっ・・・」
此処の所、アキラは連日シキに抱かれていた。書類を片付けていても、戦場で体を酷使した後も、まるで物足りないといわんばかりに求めてくるシキに貪欲に答えてはいたが、アキラ自身は”欲の捌け口”と自分を卑下していた。
これではまるで、愛玩動物だ!俺は、なんの為にシキの傍に・・・
切実なその思いは、何処か少年らしさを残すアキラらしい感慨でごく自然の摂理であり、アキラにとっては認められたい一心で多少の無茶も覚悟の上、とがむしゃらになり過ぎた結果に過ぎない。無茶が祟って心はとうに疲弊し、脱力したまま預けていた体がふわりと宙に浮かぶ感覚がしたが、自身を蔑む気持ちが大きく、放棄する事にした。
まるで、あの雨の日みたいだ。ケイスケを失い、シキに所有の証を貰ったあの日と同じ感覚。あの日も、同じように生きる事に疲れていたな。もうどうでもいい、と。そこから救い出してくれたのは、シキだった。救い出してくれたのは。
そして、自覚のないまま主の名を口にしてから、アキラは意識を手放した。
「シキ・・・」
なんだ
そんな幻聴が聞こえた気がした。
−続−
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